わが街 神戸にて 私はその日JR三ノ宮駅南側の壁にもたれながら噴水の音を聞いていました。鈴蘭台からタクシーに乗りました。「今日はおひとりですか お気をつけて」タクシー乗り場のおじさんはいつも親切です。山麓バイパスを通ると三宮はすぐそこです。 JR三宮駅が兵庫県盲導犬協会が開く親睦会の集合場所になっていましたが早く来たようです。白杖を左に振りながら新聞会館で「卒業」、白杖を右に振りながら阪急で「大空港」「ローマの休日」、今度は杖の先を左前にパチリと移動させてビッグ映劇で「夜の大捜査線」だったっけなんてやっていると「皆さんが改札口の方で待っていますからそちらに行きましょう」と桝野事務局長の声が聞こえます。事務局長は 背が高くなかなかの紳士です。 コンコースで皆さんが集まっていました。どうやら三頭の盲導犬がいるようです。おや、犬達が急にざわつき始めました。「君がエースだね、よろしく」。「エース駄目じゃない。シイット(座れ)。ごめんなさい。遅れちゃって」。いつもながらの明るい声は艶子さんです。昨年エースとカップリングしたとこです。エースは体重二十三キロの女の子ですから家では「エースちゃん」と呼んでいるようです。 会場は外人クラブでした。入口で歩行訓練士の貴久美さんが緊張気味で迎えてくれます。艶子さんと私は窓際のテーブルに座りました。エースはテーブルの下でおとなしく伏せています。「本日は よくおいで下さいました」と田上会長、「よろしくお願いします」と私。会長は、お元気そうでちょっと安心です。親睦会が始まりました。司会は事務局長さんです。会長挨拶に続いてみんなが一言づつ挨拶することになりました。 松岡理事が「最近、中国のタクラマカン砂漠へ行った際、ラクダがつけていた鈴を買ってきました。盲導犬に鈴をつけてよいかどうかは判りません。皆さんで判断してください」とおっしゃるので会場が大爆笑。しばらくして事務長さんが私のテーブルにこられ、「もうすぐ島田さんのところにも盲導犬がきますので鈴をお持ち帰り下さい」と手渡されたラクダの鈴は、ひょうたん形で透明感のある音です。 ジュースや軽食が運ばれてきました。いつもの様に膝の上にハンカチをひろげコーラを飲んでいると、大きなグラスを握らせる人がいます。会長です。「今日は飲まないの」とビールをついでいただきました。「やっぱりビールはうまい」。「そうだろう」なんてやりながら、サンドイッチをつまんだ指をハンカチで、ふきはじめた頃からエースの様子がへんです。クンクン、ハンカチを嗅ぐやいなやくわえてしまいました。私はハンカチの端をギュッとつかみます。膝の上でハンカチが左右に動きます。エースの鼻息が荒くなる。私は足を踏んばってもはや両手です。テーブルの下では壮絶なる綱引き合戦、やばいぞ、勝負あり、とうとう私は手を放してしまいました。 親睦会はビンゴゲーム、コーラスと続いて無事終了しました。テーブルの下にハンカチは落ちていません。「艶子さん、エースがハンカチをくわえていったんだけど、食べちゃったかも知れないなあ」。「ハンカチなんか食べないと思うわ、大丈夫よ」と言うことでしたが、艶子さんから恵子さんに電話がありました。「あなた、エースのおしりからハンカチが出てきたそうよ。食べていたのね」。私は、深く反省しています。 今後は慎重に盲導犬と接することをここに誓います。