緊急 そこは階段だった

「あなた、こんな所にダウンさせてモネがかわいそうじゃありませんか」。私は、毎朝恵子さんにお叱りをいただきます。

トイレの前で待たせるのは、服従訓練のひとつのつもりです。また、マンションの出口あたりの階段に、あえて知らないふりで突進しようとすると、モネは踏んばって、私が転落するのを防ぎます。使用者の命令であっても、危険な時は、命令に従わせなくするのが不服従訓練です。これらの訓練を常にしておかないと、盲導犬の実力は完全に発揮されません。

戸市営地下鉄が再開され、三ノ宮駅にも停車することが、やっと出来るようになりました。北区からは、北神急行を経由して三ノ宮駅西口に出ることにしました。自動改札口を通るつもりが、駅員さんがさかんに「こちらへ どうぞ」とまねくものですから、しかたなくモネに軌道修正させ、駅員さんの改札口からでました。

地上は、この店もあの店も、歩道も潰れ、道路との区別がつきません。幸い車が走っていませんので、かろうじて浜の手に南下することが出来ました。モネが踏んばります、杖で探ります。ガラスがいっぱい、ハーネスを落として、足でガラスをかきわけ進むと、モネはピョンピョン跳ねながらついて来ます。何だこの臭い、このほこり。モネを急がせます。大丸デパートを回り込もうとすると、再度モネが踏んばります。鉄板の海です。やっとスクランブル交差点です。ここには音声信号機があったはず。どうやら、信号そのものが止まっているらしい。中華街はこの方角だ「ストレイト ゴー」。

さて、そろそろ帰ることにします。今度は自動改札口を通るつもりです。切符を杖の右手に持って気持ちは自動改札口に向かっていました。杖の先は床から離れ、何の役目も果たしていなかった。どうも変だぞ…「おっおー」。足が宙に舞う。階段だ。モネが、先ほどの駅員さんの改札口を通過したのに気がつきませんでした。モネが踏んばる。私は、片足泳ぐようにバランスを取りました。「モネ グード」。

服従訓練の素晴らしさを経験した私には、盲導犬と使用者との関係は、単なる家族の一員としてのふれあいとか、移動手段としての信頼性とかではなく、ましてや主従の関係でもない。盲導犬と使用者との出会いから生まれ出る、不思議な感動にみちた関係としか言えません。

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